| バックナンバー |
2003/10/10 |
| 四十余年生きてきたうちの、およそ三分の一が小・中学生との関わりになりました。 |
| もちろんその間に自分の子供の小・中学生時代を経験し、人並みの「喜び」や「苦悩」 |
| も経験したつもりでいます。 |
| 10年以上も前の子供たちと今の子供たちを、同じ尺度で比べるつもりはないのですが |
| 「あぁ、この子は伸びたな」という子供には少なからず<共通項>があるように思えて |
| なりません。 |
| それは、 |
| @素直であること。(何かに対して否定することから入るのはダメ!) |
| まずは素直な気持ちで聞いてみて、そのとおりにやってみることです。 |
| A自分に厳しいこと。(自分を甘やかしていてはダメ!) |
| 自分に対して言い訳をしないことです。 |
| B工夫をすること。(簡単に諦めてはダメ!) |
| 絵に描いてみる。数字を当てはめてみる。粘ってみることです。 |
| これらを身につけた子供たちは、例外なく伸びています。 |
| どれも簡単なことのようですが、自分を振り返ってみるとあまり自信がありません。 |
| また、これらは学習面だけに限ったものではないことも興味深いところですね。 |
| 「管理人」 |
2004/10/08 |
今年の夏は『アテネ・オリンピック』での日本人選手の活躍が、大きなニュースとなりました。 国民の期待を一身に受ける中、4年に一度しかない大舞台で自分の力を発揮できる精神力・集中力は、我々の想像を絶するものがあります。 ひと昔いやふた昔前まで、日本人選手の多くは、オリンピックのような大舞台でなかなか実力を出し切れず、悔し涙を流してきました。 それが今では、インタビューひとつをとっても実に堂々たるものです。 この変貌の要因のひとつに、オリンピックに対する選手の意識があるように思われます。 昔の日本人選手は、「国のために」「同僚のために」、文字通り日の丸を背負って闘っていたのです。ここで負けては国へ帰れない、というくらいの大きなプレッシャーが彼らを雁字搦めにしていたように思います。 かたや、最近の選手は「自分を表現する場」「自分を輝かせる場」として、この大舞台に臨んでいるように見えます。自分が楽しむことを考えているようにさえ思えます。 勿論、どちらが良くてどちらが悪いなどと言えるものではありませんが、日本人の気質の変化が顕著に表れた一例だと思う次第です。 良い意味での【個人主義】は、歓迎されるべきものだと思います。 管理人 |
2004/11/12 |
前回、小欄で、『日本人の気質が変わってきた…』ことを取り上げましたが、 経済的にも物質的にも豊かになった日本では、《特別な日》を意識することが 少なくなったように思います。 《ハレ(晴れ)の日》という言葉があります。 昔で言えば「お正月」「お祭り」「婚礼」などがそれにあたったのだと思いますが、 晴れがましい日《特別な日》のことです。 普段は切り詰めた貧しい生活をしている人々も、この日だけはごちそうを食べ、 お酒を飲み、きれいな服を着て楽しんだのです。 数少ない《ハレの日》を首を長くして待つ。 だからこそ普段の質素な生活にも耐えられたのだと思います。 ところが最近は、日々の暮らしが豊かになり、 《ハレの日》がそれほど特別ではなくなってきました。 言い方を変えれば、《ハレの日》でなくてもごちそうを食べ、お酒を飲み、 きれいな服を着られるようになったのです。 これだけを捉えればとても良いことに思えますが、 楽しいことが日常化するあまり、 「楽しいことをして喜ぶより、楽しくないことに不満を持つ」 そういう子供が多くなってきているのです。 「〜してもらって嬉しかった」「〜してくれてありがとう」という子より、 「〜してくれないからイヤ」「〜してもらえないからつまらない」という子のほうが、 多くなっているのです。 これは親に対してだけでなく、学校の先生や友達、 周りのすべての人に向かってほとんど同じように発せられています。 ご飯はいただいて当たり前、 お小遣いはもらって当たり前、 ゲームは持ってて当たり前、 ケータイは使って当たり前。 それらが満たされないことに我慢ができず、不満がふくらんでくるのです。 これらの子供たちが育って大人になっていく時、 社会生活がうまく営まれるものでしょうか? これから先に出会う人たちは、 いつもその子のことを気にかけてくれて、何かをしてくれるとは限りません。 いや、むしろ我慢を強いられることの方が、ずっと多いはずです。 そんな時に「〜してくれない」「〜してもらえない」と不満ばかりを言っていては、 とても社会人としてやっていけるものではありません。 「自分の思うようにいかないこともある」ということは、 子供のうちからキチンと教え込んでおく必要があるのです。 経済的にも物質的にも豊かになった日本。 物があふれる国に生きているからこそ、 大人たちがもう一度《ハレの日》の意味を思い出し、 子供たちには毎日の生活で我慢をすることや感謝することを教えること、 そして《特別な日》を色褪せた物にしない意識を持つこと、 これらが求められているのだと思います。 管理人 |
2005/1/10 |
「過去と他人は変えられないが、 未来と自分は変えられる。」 この言葉は、以前、テニスの伊達公子選手のメンタルコーチをされていた方の お話を伺った際に聞いたものです。 その方も、ひと様からの受け売りだ とおっしゃっていたように記憶していますが、 自分の中では日を増すごとに大きくなってきています。 この先 今の子供たちが力強く生きていくために、 また、厳しい時代を迎えた学習塾が存続するために、 《2005年》 あの年が大きな転機だったと言えるような そんな一年にしたいものです。 管理人 ************************************ 子供たちに何とか“力”をつけてやりたいのに そのために、小さく・少なく 良いと思うことは、すぐ 自分の考えを実践できるようにとしているはずなのに どこかで安定を求めているような 何かしら守りに入っているような ちょっと弱気になっているような もう一度 今の立場での自分の役割を考え、 子供たちに“力”を与えるすべを洗い直したい 変えていくことを恐れずに |
2005/2/11 |
数年前から気になっていたことの一つに 子供たちの語彙力の無さがあります。 問題を読んでも「何を問うているのか分からない」、 また「どう答えていいのか分からない」。 よく聞いてみると、どうも言葉の意味を誤解していたり、 うまく使えていなかったり、 といったことが度々ありました。 またその他では、漢字の当て字が目につきます。 確かに音(訓)読みは同じなのですが、 その漢字はここには使わないやろう 漢字の持つ意味が違うやろう というものです。 いずれのケースの背景にも 圧倒的な読書量の不足が考えられます。 教科書以外の本は全くと言っていいほど読まない子供たち 扱える単語の数が極めて少ない子供たち 彼らがこのまま大人になっていったとき 相手の言おうとすることがちゃんと理解できるのだろうか? 自分の言いたいことがきちんと相手に伝えられるのだろうか? 本当に 考えれば考えるほど 心配になって来るのです。 ********************************** 小学生に『読み聞かせ』を始めました。 管理人 |
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前回の小欄で 大学生の語彙(ごい)力が低下していることが、大学、短大の中堅校を対象にした調査で分かった。独立行政法人メディア教育開発センター(千葉市)が実施し、私立大1年生の19%、短大1年生の35%が「中学生レベル」と判定された。補習や授業で「日本語技法」「日本語コミュニケーション演習」などを開講する大学が増えているが、調査はこうした大学側の不安を裏付けた。 同センターの小野博教授らは02年、中・高校生約20万人に予備調査を実施。この結果に基づいて、日本語力を「中1」から「高3以上」までの6レベルに分けた。 一方、「読む・書く・話す」といういわゆる「日本語力」は、語彙の豊富さから類推できるため、今回の調査用に75の言葉の意味を選択肢から選ぶマークシート方式の「日本語力判定テスト」を作成。19大学、6短大と国立高等専門学校の計26校の昨春の新入生7052人に、このテストを受けてもらい、予備調査結果と照らし合わせてレベルを判定した。 その結果、「鶴の一声」「露骨に」などの意味が分からない「中3レベル」以下の学生の割合は、国立大(3校)で6%、私立大(16校)で19%に上った。短大では35%と、3人に1人が中学生レベルだった。国立高専は4%にとどまった。 大学の授業を理解するには、高校レベルの日本語力が必要とされる。98〜00年に実施した同様の調査では、中学生レベルの割合は国立0.3%、私立6.8%、短大18.7%。語彙力の低下ぶりが目立つ。 小野教授は「ゆとり教育、活字離れに加えて、学科試験を課さないAO入試や推薦入学など大学入試が多様化したため、私立大では多様な学生が混在する状況だ。短大も日本語の補習なしでは授業が成り立たなくなる心配がある」と指摘する。【元村有希子】 ◇各レベルの代表的な例題◇ <中1>重視 <中2>さじを投げる <中3>一目置く <高1>露骨に <高2>奔走する <高3以上>嫡流 <同>憂える <同>懐柔する ※答えは上から順に(2)、(4)、(5)、(3)、(3)、(2)、(4)、(4) 毎日新聞 2005年6月8日 |
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多くの人が「なぜ過去形にするのか」と疑問に思っている。 2位/「○○円からお預かりします。」 3位/「私って○○じゃないですかぁ。」 |